2014.8.27
Timothy Prickett Morgan著

いまなお共通の関心を持つコミュニティー

AS/400の誕生日が来ると、我々の多くはこのシステムの優れた性能とIBMの冒険心が強い技術者たちに思いを馳せ、そして祝福します。彼らは、中規模企業が全ての業務に多くの人員を必要とすることなく高度な処理を行うプラットフォームの設計、製造に向けて多くの卓越したアイディアを生み出しました。
ミッドレンジのショップに狙いを定めたIBM Rochester RPGマシーンの偉大先駆者System/3に遡って、IBM iのプラットフォームとその歴史で最も重要なのは、もちろん携わった人々です。そして、このプラットフォームに関わったIBM社内の人々だけではなく、10年以上にわたりアプリケーションとツールを作ってこれらのプラットフォーム上で作業を行ってきた数百万の人々です。さらに何十万の企業内でこれらのアプリケーションを使ってきた数千万人のユーザーは言うまでもありません。
百万人という数字は21世紀では多くの人々の数という響きがありません。Facebookなどは12億8千万のユーザーを誇っています。しかしながら、百万人の技術者と数千万のユーザーは意義深い数字です。どれくらい多くの人々がSSP、CPF、OS/400、i5/OS、及びIBM iのアプリケーションで仕事をしてきたかを正確に知っている人は誰もいません。我々は折に触れその数字を推算してきました。ピーク時のSystem/36は250,000の顧客を有し、ひとつの顧客ベースで平均一人あるいは二人のプログラマー/オペレーター、数十人から数百人のユーザーを有していたと思われます。
System/38はアーキテクチャーとして重要でした。その発想の多くがAS/400に実を結び商品化されたからです。しかしながら、その導入率はSystem36やAS/400には及びませんでした。私が見た数字では、1988年6月21日にAS/400が誕生する前の10年間にIBMがSystem/38を売り上げた台数は75,000台となっています。System/38はSystem/36に比べると大変高価でした。MIPSベースの比較ではリレーショナル・データベースを含みSystem/370、System/3080、System/390メインフレームの約2倍の価格でした。System/38マシーン上で仕事をした人々はわずか150,000人にすぎなかったと思われます。これらの人々の多くはアプリケーションのプログラミング、データベースの管理、及びシステム管理の三つの業務を一人で担っていました。AS/400はIBMのミッドレンジ・ベースを大幅に拡げました。これは製造業から物流業、小売業、政府機関、地方銀行、保険業者に至るあらゆる階層の組織を管理する自社製アプリケーションの広範な使用が大きな要因でした。AS/400はピーク時に20,000種類を越すソフトウエア・スイート(モジュールではなくモジュールの集合体)で8,000のサードパーティーアプリケーションの提供者が存在しました。インストールベースのピークは1998年で約275,000の顧客を有していました。これはまさにERPソフトウエアのブームの最中で、企業が自社製コード、正確にいえば自社製RPGプログラム離れおよびサードパーティーアプリケーション離れを起こした時期でした。
System/3XとAS/400上のサードパーティー・ソフトウエアを購入している顧客は常にそのソースコードにアクセスしていたことを思い出してください。多くのショップはそのプログラムを自社のニーズに適合させるために、また他のベンダー及び自社のITスタッフからの異種のモジュールを統合するためにプログラムの修正を必要としていたのでソースコードはそのライセンスの一部でした。多くの企業は市販の会計モジュール---総勘定元帳、原価、売掛金、買掛金、給与等---を使っていました。しかしながら、自社の製造業務あるいは販売業務を稼働させるために他のモジュールをも作成していました。理由は、両業務用のパッケージが無かった、あるいは他者のコードを変えるよりもスクラッチから始めた方が容易だと思われたからです。私は当時、複雑なMRPシステムを初期に戻ってスクラッチから作成しているプログラマーを幾人か知っていました。これは可能であり、完成していました。人々はこれをいつの間にか忘れています。
一般的なAS/400のサイトは、概ね二人から四人のスタッフを擁しています。したがってピーク時は275,000の顧客で550,000人から1,100,000人のAS/400のエキスパートが存在していたことになります。また、DB2データベースのインストールベースに関して入手したIBMのデータに基づいて計算してみました。ピーク時のAS/400-DB2 for i のエンドユーザー数は約2千5百万でメインフレーム用DB2のエンドユーザー数は2千2百万となります。
ポイントは、ピーク時におけるAS/400の技術者は多分百万人を超えていたであろうということです。その後、ERPの変遷によってそれらの多くが職を失い、また多くの企業がコードに潜むY2K問題への対処を避けて他のプラットフォームに移行することを余儀なくされました。
AS/400の誕生から26年が過ぎたいま、この技術者のコミュニティーがどれくらいの大きさかを正確に言うのは困難です。世界におけるOS/400、i5/OS、及びIBM iのショップの数は150,000とIBMは言っており、私はそれらの多くは大変高度化されたワークロードを持つショップであり、またIBM iプラットフォームの実質的な長所を深く理解しているショップだと思います。もし、トランザクション処理システムの人的コスト及びエンドユーザーコストをすべて負担するとすれば、そのシステムコストの総額はそのデータにおける四捨五入の誤差の範囲です。もしシステムが安いスタッフの雇用あるいは少ないエンドユーザーを可能にするのであれば、出費を節減するために廉価なX86プラットフォームに移行するよりはるかに重要なことです。重ねて言いますが、WindowsとLinuxは今日の多くの企業にとって馴染みが深く、安全な選択で、またWindowsとLinuxマシーンはIBM i、Unix、あるいはメインフレームよりも安価であることが真の問題であり、認識であり(またしばしば現実)です。IBM iを少ない人数でプログラムでき稼働させることができればIBM iが高価であるとしてもそれを正当化できます。しかしながら、IBMは過去10年間これを数値で正当化することを全くおろそかにしてきました。
私の推測ですが、今日、世界中に300,000人から450,000人のAS/400プロフェショナルが居ます。IBM iプラットフォーム用にアプリケーション及びその他のツールを活発に販売してきて、保守を行っている企業が約2,500から3,500社有ります。そしてこれらの企業の従業員(IBMも含めて)の合計は何万人にもなり、数十億ドルの総収入を産み出しています。金額がこの数字をどれくらい上回るか、また大変大きなエラーバーが有るかを正確に言うことはできません。ハードウエアとソフトウエアを最新のリリースにアップデートし続けているアクティブなIBM iのユーザーが30,000以上存在しているとは私は思いません。
エンドユーザーに関しては1998年のピーク時と今日では大きく様相が異なっています。i5/OSあるいはIBM iのログインスクリーンを実際に有しているユーザーということになると多分1千万と1千5百万の間であり、さらに正確に言うのであれば約1千2百万から1千3百万と私は推測します。
しかしながら、今日インターネットに接続するアプリケーションやマシーン同士のトランザクションによってこれらのシステムを使う別の方法があります。これら、他の「エンドユーザー」によってもたらされるWebサーバー、アプリケーションサーバー、及びデータベースに対するトランザクションのパーセンテージを推測するのは困難ですが、AS/400のインストール数は縮小したとはいえ、なおも使われているこのシステムは世界広く、ビジネスに緊密に組み込まれていることは間違いありません。
ポイントはいまなお極めて大きなコミュニティーであり属する価値のあるコミュニティーであるということです。

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